ドラマ『子どもを産まない女はダメですか』を見ていて、強い怒りを覚える場面がありました。 主人公のアサは結婚前から「子どもは産まない」という意思を明確に伝え、もし相手が子どもを望むなら別の人と結婚したほうがいいとまで言い切っています。人生の根幹に関わる選択に対して、これほど誠実な姿勢はありません。
夫もその条件を理解し、受け入れたうえで結婚したはずでした。 ところが物語が進むと、夫は避妊具に細工をしてアサを妊娠させようとします。DINKSとして生きることに合意していたにもかかわらずです。
これは「裏切り」という言葉では到底足りません。 相手の人生を奪い、身体的にも精神的にも 深刻なダメージ を与える暴力であり、支配そのものです。
そしてこの行為は、 リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)を踏みにじる重大な人権侵害 でもあります。 リプロダクティブ・ライツとは、 「妊娠・出産・避妊など、自分の身体と生殖に関することを自分で決める権利」 のことです。 子どもを産むか産まないか、いつ産むか、どの避妊方法を選ぶか── これらはすべて本人が自分の意思で選ぶべきものです。 その選択を奪うことは、人生の自由を根本から壊す行為にほかなりません。
さらに懸念すべきは、ドラマという形で描かれることで、こうした行為が“認知されてしまう”ことです。現実にも起きてきた問題だと思われますが、作品をきっかけに誤った影響を受ける人が出ないか、不安が残ります。だからこそ、自分の身体と人生に関わる選択を、相手に委ねず自分で決める姿勢が欠かせないのだと感じます。
■ 「子どもがいれば一生縁が切れない」という歪んだ発想
劇中で夫は同僚にこう語ります。
「確実なものが欲しいんだよ。夫婦なんて所詮紙切れ一枚の関係だから。アサは子どもがいれば俺とは一生縁が切れない」
この言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなるような感覚がありました。
かつて「子はかすがい」と言われた時代がありましたが、それは子どもを“夫婦関係をつなぎ止める道具”として扱う考え方です。 子どもは親の関係を補強するために生まれてくる存在ではありません。ましてや、相手を縛りつけるための“確実なもの”などでは決してありません。
夫婦をつなぐものは、昔も今も「信頼」です。 信頼が崩れれば、たとえ形式的に結婚していようと、夫婦関係は成り立ちません。
■ 妻の自立を“脅威”と感じる夫の価値観
アサは美容師として独立開業を目指し、フリーランスとして収入を伸ばしています。そこには彼女が積み重ねてきた努力と技術があります。
夫も当初は事業計画書の作成を手伝っていました。 しかし、アサが寝ている隙に夫は勝手にPCへアクセスし、開業準備に必要なデータを削除してしまいます。
これは単なる嫉妬ではありません。 妻の自立を恐れ、成功を妨害し、人生の選択肢を奪おうとする支配の一種です。 避妊具への細工と同じく、相手の人生をコントロールしようとする行為です。
■ 経済的自立だけが「自立」ではありません
ここで誤解してほしくないのは、自立とは「収入の有無」だけで決まるものではないということです。
家事・育児・介護といったアンペイドワークは、社会を支える不可欠な労働です。 にもかかわらず、賃金が発生しないというだけで、従事する人が自分の価値を低く考えてしまうことがあります。 しかしその役割は、本来 胸を張るべき重要で社会に欠かせない仕事 です。
働いていようと、専業主婦であろうと、どちらの役割も社会に不可欠です。 卑屈になる必要など一切ありません。
■ 自分の選択権を守るために「資産を持つ」ということ
そして、どのような立場であっても共通して大切なのは、 自分の人生の選択を自分で決められる状態を保つこと です。
そのための一つの方法として、投資などを通じて自分名義の資産を育てることがあります。 お金がお金を生む仕組みを持っていれば、働いていても専業主婦でも、 誰かに依存せずに「自分にとって最善の選択」を選び取る力になります。
資産は、 自分の意思で人生を選ぶための自由を確保する手段 になるのです。
■ 自分の人生を守るために
避妊具への細工、開業準備の妨害── これらはすべて、相手の人生を尊重していないという一点でつながっています。
だからこそ、自分の身体や将来に関わることを、相手に委ねず自分で決めることが必要です。 自分の意思を明確に伝えること。 避妊について自分で判断する力を持つこと。 そして、自分の選んだ生き方を尊重してくれる相手と関係を築くこと。
パートナーとは、相手の人生を尊重し、支え合い、共に歩む存在です。 自立を脅威と感じる相手ではなく、 自立を喜び、応援してくれる相手と生きること。 それこそが、自分の人生を守るために最も大切な選択だと強く感じます。

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