音楽は「音を楽しむもの」。そしてその音を聴くことで、心も体も少しラクになる。だから音楽は、私にとって心の鎮静剤です。
ところが、そんな私にとって、2026年5月30日、N響の第2065回定期公演Cプログラムで聴いたショスタコーヴィチの交響曲第4番は、鎮静どころか、かえって疲れを感じるものでした。
この日の公演は14時開演。前半がペーテリス・ヴァスクス《感謝の歌》、後半がショスタコーヴィチの交響曲第4番。ヴァスクスという作曲家の名前も、作品も、この日が初めての出会いでした。
《感謝の歌》は、最初の一音から「素敵」と感じました。少し物悲しくて、けれど静かで美しい旋律が、すっと心に入ってくる。透明感のある印象を受けました。
プログラムには、作曲者ヴァスクスのメッセージとして、世界により多くの光と希望と愛をもたらしたいという思いが記されていました。
「静かな歌」「光と希望と愛」という言葉は、私が実際に受け取ったあの物悲しくも美しい響きとよく重なっていて、初めて聴く作曲家との出会いとしては、とても幸せな時間でした。
問題は後半です。ショスタコーヴィチの交響曲第4番。約1時間にわたる大きな曲で、1936年に完成しながら自ら初演を取り下げ、長いあいだお蔵入りしていた作品として知られています。歴史的な背景を読めば読むほど、「一度は生で聴いておくべき曲」なのだろうとは思いますが、実際に聴いてみると心地よさはまったくなく、客席での1時間の演奏が非常に長く感じられました。
不協和と皮肉と圧力。救いの気配が見えたかと思うと、すぐに打ち消される。どこに着地するのか分からないまま進む長い楽章。私がふだん好んで聴くショパンやベートーヴェン、ブラームスのように、流れが分かりやすくて、最後にはきちんと「落ち着く場所」にたどり着く音楽とは、方向性がだいぶ違います。
私の感性には、やっぱりショスタコーヴィチは合わないのだろうなと思います。歴史的には音楽史の中で重要な位置を占める作品なのだとしても、少なくとも今の私には、安らぎも満足感もなく、疲れだけが残る音楽で「なんじゃこりゃ」というのが、正直なところです。
演奏者がステージにぎゅうぎゅう詰めになる大編成オーケストラで、間近で聴く音の迫力は、YouTubeなどの動画とは比べものになりません。それでも、音楽は結局好みです。終演後にはブラボーおじさんたちの声もたくさん飛んでいて、「この曲を心から待っていた人たちもここにいるんだなあ」と、少し不思議な気持ちで拍手していました。
終演後は、夫が予約してくれた渋谷の焼き肉店へ向かいました。夫婦で出かけた日は、私の体調と相談しながらも、よく外食をするのですが、去年の肺がん治療を経て、ここしばらくは「さっぱり系」の食事が中心でした。このところ体調がかなり回復してきたので、「もう肉系でも大丈夫だよ」と私から伝えたところ、夫がそれを聞いて張り切って探してくれました。当日の出発直前まで、お店選びに悩み続けるほど。
その結果、いつもは用意周到な夫が、この日に限ってコンサートチケットを忘れるという珍事が起きました。ホールへ向かう電車の中で気づき、途中駅で引き返して家に取りに戻るはめに。久しぶりに「さっぱり以外OK」が出たことが、うれしかったのだと思います。
ところが私はといえば、ショスタコーヴィチの「呪い」が抜けないまま焼肉に突入し、途中から急に悪酔い。帰りのタクシーでは車酔いまで重なって、ショスタコーヴィチ→焼肉→タクシーという三段重ねのダメージコースになってしまいました。せっかく探してくれたお店だったのに、夫に心配をかけてしまい、本当に申し訳なかった。
昨日は帰宅後そのままダウンしてしまい、今日も体調はまだ万全ではありませんでした。本当は参加する予定だったFPの勉強会(Study Group)もキャンセルして、一日中、家でピアノ曲を聴いて過ごしました。
思えば、N響の定期公演会員になったのは、去年の治療で体力が落ちた私を外に連れ出すきっかけとして、音楽好きな私のために、夫が入会してくれたからです。定期公演はセットプログラムなので、ブラームスやラヴェルのように私の好きな曲ばかりというわけにはいきません。今回のように、今の私の心身には負担が大きすぎる演目に当たることもあります。
それでも、プログラムの演目組み合わせスケジュールとにらめっこしながら、私の好みに合いそうな回を選んでくれているのは夫ですし、「肉でもいいよ」という一言にここまで張り切ってくれること自体、ありがたいことだと思っています。
N響のシーズンチケットは、あらかじめ演目の組み合わせが決まっています。自分ではまず選ばないような曲が含まれていることもあって、ときどき思いがけない出会いがあります。今回のヴァスクスとの出会いは、その良い例でした。
単発ではなかなかとりにくい有名どころの演奏が聴けるのも、定期公演ならではです。たとえば、2025年ショパン国際ピアノコンクールで第1位になったエリック・ルーや、その前の2021年ショパンコンクールで第2位だった反田恭平の演奏をホールで聴く機会が得られたのは、とても幸運でした。
そして次の定期公演では、今をときめくヴァイオリニストのHIMARIのステージがあります。私はヴァイオリンについての造詣はあまり深くないけれど、そういう人の演奏をいち早く生で聴けるのは、本当に楽しみなことだと思っています。
ショスタコーヴィチの4番のように、「これはもう十分」と本能的に感じてしまう曲もあるけれど、シーズンチケットでは普段なじみの薄い演目との新しい出会いも生まれます。合う日もあれば、正直しんどい日もある。それでも、その一回一回が文字どおりの一期一会なのだと思います。

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